セリエの事背景を知った上でも、「化け物」の個々を無視して復讐対象とする選択であまり好きになれなかったけどパイモンだって口に出さずとも過去残虐な行いをした一部に引っ張られて、ソイツらが異常他は無関係無罪で済ませられず「ヴィータに失望」してる節、あのセリエと似た側面も持ち合わせてはいた違う属性持ちから加害を食らうとそんな風に溝が生じるけど、パイモンにはそこを飛び越えてくれたダムロックが現れセリエにはいなかった最期の介錯を拒否しない分、化け物呼びしつつもデカラビアの事はそれなりに好いてたのかもだけどそんな2人の差が切なくてやるせなかったのと最終的な行いはともかく両者抱いた嫌悪•警戒そのものを取り出せば同質なのに、読み手である自分は前者には同情|後者には苛立ちって自分からの好感度で快•不快を分けちゃってるなと読みながら薄ら肝が冷える体験をした自分にとって好ましいものだけって要項付け足しは極めると今回のウェンディゴ理論に行き着くし、無自覚にそうなるのが恐ろしい
メギド時代とはいえウェンディゴも理不尽なめにあい居場所を失った失望で「排除思考」になったのを考えると、パイモンもセリエもカンセもデカラビアも似た者同士だよね(デカラビアはあれでヴィータにあまり失望せず、悪さを認識した上で変えようとしていたけど)フルカネリ商会は結局「全員平和を望んでいた」のを、やり方の是非はともかくデカラビアフルカネリの二人のことだけ感情的に許容できるのはある意味まさに「排除思考」だなぁ……カンセリエの二人は感情的に好きにはなれなかったけど二人の最期が静かなものでよかった、くらいには思えた最期だった
いつからそうなったのか?は今回のタイトルなりテーマなりだけどいつからか気付かないうちに、それを酷いなぁと感じた自分も身内贔屓=自己の延長だけを愛するグロさを持ってるのかもなってカンセリエ、特にセリエは6章で去った人々と重なるし美化しないで記録し続ける事を決めたあの子然り、最期までソロモンを認めなくて良いまま安らぎを得られてよかったなと思った喜びは無いけど悲しみも無い、停滞や終焉という形の確約された安寧可能性に挑み続ける(最終的に得られる恩恵に全員乗れるかは別)では決して約束出来ない優しさ
追記今回治癒持ち勢からマルバス来たけど、まさに「自己愛」の看板背負ってるんだよなぁとぼんやり思った勿論そんな意図は無くて、ただ自分が深読みとかモチーフ探り過ぎてるだけかもだからあんま明言は出来ないけどでも、あの場面にそれがアイデンティティの存在が居合わせる光景にはなんとも言えない感慨が湧いた
ご利用の皆様が気持ちよく書き込みできる掲示板であり続けるために、以下に該当するような投稿はお控えくださいますようご協力お願いいたします。
等
※公式ポータル利用規約 第4条及び投稿ルールもあわせてご確認ください。 ※違反が確認された際には然るべき対応をさせていただきます。
セリエの事背景を知った上でも、「化け物」の個々を無視して復讐対象とする選択であまり好きになれなかったけど
パイモンだって口に出さずとも過去残虐な行いをした一部に引っ張られて、ソイツらが異常他は無関係無罪で済ませられず「ヴィータに失望」してる節、あのセリエと似た側面も持ち合わせてはいた
違う属性持ちから加害を食らうとそんな風に溝が生じるけど、パイモンにはそこを飛び越えてくれたダムロックが現れセリエにはいなかった
最期の介錯を拒否しない分、化け物呼びしつつもデカラビアの事はそれなりに好いてたのかもだけど
そんな2人の差が切なくてやるせなかったのと
最終的な行いはともかく両者抱いた嫌悪•警戒そのものを取り出せば同質なのに、読み手である自分は前者には同情|後者には苛立ちって自分からの好感度で快•不快を分けちゃってるなと読みながら薄ら肝が冷える体験をした
自分にとって好ましいものだけって要項付け足しは極めると今回のウェンディゴ理論に行き着くし、無自覚にそうなるのが恐ろしい
メギド時代とはいえウェンディゴも理不尽なめにあい居場所を失った失望で「排除思考」になったのを考えると、パイモンもセリエもカンセもデカラビアも似た者同士だよね
(デカラビアはあれでヴィータにあまり失望せず、悪さを認識した上で変えようとしていたけど)
フルカネリ商会は結局「全員平和を望んでいた」のを、やり方の是非はともかくデカラビアフルカネリの二人のことだけ感情的に許容できるのはある意味まさに「排除思考」だなぁ……
カンセリエの二人は感情的に好きにはなれなかったけど二人の最期が静かなものでよかった、くらいには思えた最期だった
いつからそうなったのか?は今回のタイトルなりテーマなりだけど
いつからか気付かないうちに、それを酷いなぁと感じた自分も身内贔屓=自己の延長だけを愛するグロさを持ってるのかもなって
カンセリエ、特にセリエは6章で去った人々と重なるし
美化しないで記録し続ける事を決めたあの子然り、最期までソロモンを認めなくて良いまま安らぎを得られてよかったなと思った
喜びは無いけど悲しみも無い、停滞や終焉という形の確約された安寧
可能性に挑み続ける(最終的に得られる恩恵に全員乗れるかは別)では決して約束出来ない優しさ
追記
今回治癒持ち勢からマルバス来たけど、まさに「自己愛」の看板背負ってるんだよなぁとぼんやり思った
勿論そんな意図は無くて、ただ自分が深読みとかモチーフ探り過ぎてるだけかもだからあんま明言は出来ないけど
でも、あの場面にそれがアイデンティティの存在が居合わせる光景にはなんとも言えない感慨が湧いた